ジャン・フェラが亡くなりました。葬儀で、イザベル・オーブレさんが追悼
ジャン・フェラが亡くなりました。アルデッェシュの山で長く胸をわずらって療養中でしたが13日土曜日に家の中で転んでそれが引き金になったようです。
ジャン・フェラは天気の良い日には村の人々と公園で鉄の玉を投げて遊ぶペタンクもしていたようです。アラゴンの詩を好んで歌う歌手ですからテレビやラジオの興行を嫌っていたのでしょう。あまり知られてないことですが彼は共産主義者でもあったせいか当時の権力者からは敬遠されていて、ドイツとの関係で危険な歌は控えるように警告されてもいたようです。
16日の葬儀にはマリー・ジョルジュ・ビュフェ共産党書記長も村の広場に集まった大勢の中にいました。彼女の眼がねの奥で涙が流れていました。顔がゆがんで寂しさがみんなの中に広がっていたのがわかります。ビュフェさんはミッテラン大統領のときにスポーツ大臣をやった人ですが、自分を表に見せびらかさない謙虚でやさしい心の広い方だと思います。そういう人柄のせいか予選では予想獲得票は少ないだろうと酷評されていたのですが結果はずっと良い成績でした。
多くのフランス人がサルコジの政治に不満で批判をしたのが今回の地方圏議会選挙でした。与党国民運動連合(UMP)内部でもサルコジ大統領のやり方が大統領らしくないと、改革の仕方が良くないと批判がありました。ある与党議員は票が取れなかったのは国民の批判の声であり、これに真摯に耳を傾けないというのは民主主義に違反するものだともいっている。みんなわかってきたのですが、本当に誤まれる者というのは取り返しがつかなわけですから、そのどん底というか終着駅まで行くわけでしょう。決して誤りを引き返さないということで恐ろしいことです。それがこの国の宿命的思想の弱さなのではないでしょうか。悲しいことですが後悔などしないのですね。このことは最終投票日の地方圏議会選挙3月21日に譲りたいと思います。
さてジャン・フェラは、ジョルジュ・ブラッサンスやジャック・ブレルと並ぶフランス左派の三大民衆歌手の一人で、その最後の一人だったわけです。しかし早く歌わなくなってしまいました。健康のせいだったといわれてますが、それだけではなさそうです。
彼の死亡した翌日、3月14日の地方圏議会選挙第一回投票では社会党など左派が伸びましたがその前日に亡くなったのもなにか不思議です。ジャン・フェラの友人で彼の歌を歌っているイザベル・オーブレさんの素晴らしい歌があります。彼女も葬儀には参列していました。当然一曲も歌わなかったのですが、ジャン・フェラの歌を彼女のやり方で幾つかの曲の部分を追悼して見せました。あれで本当に素晴らしかったと思います。彼女は年を取った感じでしたが元気そうで、雰囲気は以前とあまり変わってないようです。
いくつか思い出の歌があります。聞いてください。
★山は綺麗
★夜と霧
★友達
ジャン・フェラを歌ったイザベル・オーブレさんの素晴らしい歌があります。

